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たまだポンプ店は、昭和28年創業です。創業当時は「玉田ポンプ店」でした。 創業から60年近くになりますが、実はその前にも歴史があるのです。

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この広告をご覧下さい。これ、明治42年10月発行のものだそうです。

なんと今から100年以上前のものです。うちのお客様が古い資料をお持ちになっていて、コピーをして下さったのです。

その資料というのは当時の市内の企業がいろいろ載っているものなのですが、その中にうちのご先祖様が載っていらっしゃいました!

当時は「ポンプ店」ではなく「鐵工所」(てっこうじょ)という名前だったのです。でも、消防ポンプとあるように、ポンプは商売の中心だったようです。

今、「商売」と言いましたが、昔はポンプを「製作」していました。それで「鐵工所」だったわけです。祖父はたいへん器用な人で、「何でも自分で作ってしまった」そうです。

「独立所主」とあります。祖父はそれまでお兄さんとご兄弟で営業をされていたのですが、その頃それまで勤めていた実家の店(工場と言うべきか)から独立したのです。

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祖父がそれまでいらっしゃった店(工場)がこちら・・・「鉄工所」ではなく「鉄工場」(広告にある場は昔の字か?)になっていますね。

こちらの広告の冒頭のコピーは、お兄さまによるものでしょう。この一文から察すると、この資料の発行された明治42年あたりは、弟である祖父が「独立」して間もない頃だと思われます。

それにしても「玉田鉄工場」の方は情報量が多いですねえ・・・。営業品目の多さにも驚きますが、電話番号がたった三桁!一般家庭には電話のなかった時代ですね。祖父の「玉田鉄工所」の方にも多分電話は無かったのでしょう。イラストは水車でピストンポンプを動かしている・・いや、水車でなく大きなプーリーでしょうか?

このお兄様の方は、看板などの文字や絵を上手に描く才能をお持ちだったようです。このイラストも自分でお書きになったかも知れません。

何でもその昔、うちは二荒山神社に木製の消防ポンプを納めた事があるそうです。おそらく、兄弟で一緒にやっていた頃の事だと思います。 このポンプの件は今度二荒山に直接尋ねてみようと思っております。

さらに歴史を辿ればそのまた前の代は(江戸時代後期)水を流す木製のパイプを作る職人だったという記録が…

当時の「木製」パイプは、パイプとパイプをつなぐパッキンになんと「昆布」を使ったという話を先代社長から聞いたことがあります。「昆布」だと水に濡れると膨らむので具合が良かったそうです。

先代社長もその「昆布パッキン」の実物を見たかどうかは今となってはわかりません。  

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